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令和における労働条件の不利益変更の実務

  • info134084
  • 2022年9月16日
  • 読了時間: 6分

更新日:2023年7月18日

■1 労働条件の変更の法律条文は?

ちょっと長いですが、労働契約法の条文をご紹介します(10条ただし書きは省略)。

(労働契約の内容の変更)
第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる
(就業規則による労働契約の内容の変更)
第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。

■2 労働契約法の8条から10条は何が言いたいのか?

8条と9条にかけて、労働条件を労働者の不利益に変更する場合、労使間の合意がないとできないという原則を言っております。

そして、10条において、合意に至らなかった場合の例外的取り扱いを定めています。

合意によらずに労働条件を不利益に変更する場合のプロセスや条件について、

・変更後の就業規則を労働者に周知

・就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的

であることを求めています。

これは、合意をする場合にも当てはまる「プロセス・条件」だとお考えください。

合意がない場合には、10条の解釈を極めて高度に求められるイメージで、合意があっても「プロセス・条件」は無視できません。


■3 条文解説(8条9条)

労使間の合意が繰り返し出てきますが、この「合意」の程度が極めて大事になってきます。

詳しくは、最高裁判例の方で述べますが、私なりの言葉で申しますと「労働者に不利益となる内容を包み隠さず具体的に詳しく会社が説明して、労働者が理解し納得できるだけの状況」を会社が作り出し、さらには、労働者が「本当に自分の自由な意思で合意した」といえ、第三者がみても「なるほど、労働者に不利益になることを本人が確かに納得しているな」といえる客観的証拠がないと、「真の合意があったとは言えない」ということです。


これはかなりハードルの高いものであり、「山梨県民信用組合事件」の最高裁判決が出てから、私の業界では、労働契約法の条文に加え、最高裁が「合意」のハードルの高さを示したとかなりざわつきました。

このハードルの高さは、令和の現在も変わっておりません。


■4 条文解説(10条)

上記■3で述べた合意(以下、単に「合意」とします)をしなかった労働者が現れた場合はどうすればよいのか、その具体的条件等を定めたのが10条になります。

ざっくり申し上げますと、例えば従業員数100人規模の企業の場合で、合意(実務では同意書の取り付け)をした人が98人であり、その同意書取り付けまでのプロセス等が10条に書いてある条件を満たしていれば、合意しなかった(同意書にサインしなかった)2人の労働条件も変更後の就業規則(賃金規程等を含む)が適用されてもいいでしょう、という解釈です。


労働者が納得いかないとして本気の裁判をおこせば、上記のようなことが争点となるわけですが、簡単に裁判が終わる内容とは思えず、それなりの長期戦になってくるかと思います。


私が就業規則(賃金規程含む)の全面変更や一部変更のご依頼を承る場合、かならず上述した内容は強く意識し、お客様とご相談しながら、慎重に進めております。

経営者の方から見たときに労働条件の不利益変更(特に賃金)が経営課題になることは多々あります。

一方、労働者の方から見たときに、賃金が減るということがあった場合、生活の糧が減るわけですから、相応の反応が出て当然になってきます。


労働契約法には、このレベルまで行えばセーフという具体的な基準がありません。

資格試験に例えますと、マークシート式なら点数がすぐ出て合否が判明しますが、論文試験の場合は「何をかけば100点満点(または合格点)となる」という基準が、客観的かつ具体的でないのに似ています。

採点者の主観もあるでしょうし(裁判なら裁判官のキャラ)。

ですので、ここまでやれば大丈夫というラインはご提示しづらいのですが、最低限言えますことは、会社が手間をかけないと法的リスク(不利益変更の無効リスク)は減らない、ということです。


■5 山梨県民信用組合事件の争点

6年半ほど前の最高裁判決で、経営破綻回避のために合併した信組において、合併後の退職金を減額する就業規則変更への個別同意の有効性が争点になった事件です。

私の業界では当時ざわついた事件で、今もその判例が実務として残っています。


<山梨県民信用組合事件>

https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/09093.html

(引用:公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会HP)


説明会を開き、労働者から変更の同意書を取り付けましたが、結果として、会社が負けました。

その理由を私の言葉で端的に申しますと「同意書を取り付ける前の説明で、減額後の退職金がいくらになる可能性があるのか、情報提供と十分な説明が足りなかったから」です。


■6 同事件の最高裁の判旨(一部)

就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。


つまり、形式的に同意書に労働者の署名捺印を取り付けただけでは足りないということです。

署名捺印を取り付ける前に、不利益となる情報提供や詳しい説明をすべきというハードルを最高裁が設けました。


■7 同事件で最高裁が設けたハードルの具体的内容

・不利益変更の同意書に労働者が署名捺印しただけでは、労働者の同意があったとは言えない。

・自己都合退職の場合には退職金が0円になる可能性が高いことや、合併前の別の信組職員であった人と比べ、かなり差があることについて、情報提供や説明が必要であった。

・説明会での変更後の退職金計算方法の説明や普通退職の場合の退職金一覧表の提示では、労働者の同意書のへの署名捺印が「自由な意思によるものと言える客観的に合理的な理由がある」というには足りない


■8 労働条件の不利益変更のきわめて高いハードル

労働者から同意書を取り付ける前に、不利益になる内容を詳しく正直に説明したうえで、労働者が本当に納得し同意書に署名捺印しないと、万が一、裁判沙汰になればかなり会社は苦しくなるのです。

ですので、就業規則(特に賃金規程や退職金規程のお金がらみ)の不利益変更をする場合には、極めて慎重に、丁寧に、手間をかけてやらないと、いくらでも突っ込まれてしまいます。

ではどこまで丁寧にオープンにするのかという点ですが、ここまでやれば大丈夫という基準がないだけに、個別にご相談を承りながら、法的リスクと会社ができる現実的変更手続き方法とを慎重に検討して進めるべきと考えています。


 
 
 

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