令和時代の「降格・減給」実務の最前線

■1 はじめに ― 解雇もできない、賃下げもできない悩み

この悩みがない企業は、ほぼ皆無だと思います。

労働者保護が極めて強い日本において、能力不足・問題社員であっても解雇は極めて困難、賃下げも法的に同意がないと実質無理、しかし放置はしておけない、このようなお悩みを抱えている経営者の方は、無数にいらっしゃいます。

このようなお悩みに明るい一筋の光(最近の裁判例)がありますので、以下にその一端とキーワードを述べていきたいと思います。


■2 タイトルの文言解説

はじめに、この記事で取り上げる「降格と減給」の文言の法的意味合いについて、ご説明いたします。

(1)降格

懲戒処分としての降格ではなく、ここでは人事権の行使としての降格を意味します。

ざっくり申しますと、懲戒処分の降格とは良くないことをした場合に発動するもので限定的、人事権の行使の降格は本人の能力等に伴い職務上の格付けを引き下げることになります。

この記事では、人事権の行使による「降格」について述べていきますので、懲戒処分と混同されないようご留意ください。

(2)減給

こちらも同じく懲戒処分としての減給ではなく、本人の能力等に伴って行う賃金引下げ(=減給)を意味します。

前者は省略しますが、後者について、これまでの学説では「一度上がった労働者本人の職能資格は時とともに上がることはあっても下がることはない(趣旨)」とされているため、「人事権の行使による減給」は実現困難だと言われてきました。

そのため、懲戒処分ではない「減給」の場合、労働者本人から同意書を取り付けるのが実務では必須でした。

※減給(=労働条件の不利益変更)は、労働者本人の同意がないと実施できないのが大原則だからです。


■3 最近になって降格・減給を認める裁判例が出てきた

昭和(=所得が上がる)や平成20年頃まで(=所得は微増or横ばい)は、降格・減給について、実務で参考になる裁判例は見当たりませんでした。

ところが、平成の終わり頃から令和にかけて、降格・減給の参考となる裁判例が出始めました。

以下の裁判例がそれになります。

事件の内容には触れませんので、ご興味のある方はネット等で検索してみてください。

・ビジネクスト事件(東京地判令和2年2月26日労経速2421号31項)

 →従業員約10名の小規模企業のようで、明確な人事制度がない中で一度目の降格が有効、中小企業にとっては参考になる事例

・あんしん財団事件(東京地判平成30年2月26日労判1177号29項、東京高判平成31年3月14日労判1205号28項)

→見本となるべき減給事例で、(裁判官も参照する)労働法の大権威の学者が著書で掲載するほどの事件、かなり考えられた制度


そのほかにも、西欧宗教のM教会事件(東京地裁平成31年3月25日判決)、東京商工会議所事件(東京地裁平成29年5月8日判決)などがあります。


■4 最近の裁判例から見えてきた降格・減給のキーワード

それは、「規定」+「評価制度」+「賃金テーブル」の3点セットが存在し、「労働者に周知」していることです。

上記の事件内容を知る前の私は、評価制度に結構後ろ向きでした。

ある評価制度のコンサル会社の例ですが、制度導入の初期段階で少なくとも数百万円の高額なコスト(トータルで千万単位)を要し、制度の維持管理にもお金がかかり、かつ評価を適切に運用する人材がいないと、制度を活用できないようです。

ここまでしないと、裁判実務に耐えうる「降格・減給」は難しいと考えていたため、評価制度に後ろ向きでした。


しかし、上記の事件をみますと、約10名規模の会社でも何とか裁判官のハードルをクリアしている参考事例がありました。

※裁判官も、各企業の評価制度の詳しい内容にまでは踏み込めないのかもしれません。


これまで、昭和や平成後期まで、企業が(私も)降格・減給をする必要性を強く感じていなかったから、このような裁判例が出てこなかったものと考えています。

しかし、平成末期から現在にかけ、ジョブ型雇用、同一労働同一賃金、労働力不足(若手が上司で高年齢者が平社員や非正規などになる)、人件費に割り当てる原資が限られている等々の数多くの要素が重なり、考えざるを得なくなってきた感がします。

加えて、解雇規制の厳しさは何も変わっていませんので、社外に出す(解雇する)ことはできず、結果、降格・減給のニーズが企業において高まっている感もします。


■5 私なりの「規定」+「評価制度」+「賃金テーブル」の3点セット

ひな形を含めまだ何も着手できていませんが、私が参考にしたい、評価制度に特化した個性的な先生(社労士や弁護士ではありません)がいます。

同一労働同一賃金が始まるまえに、その先生の本を読んでみましたが、本気でやるとなると結構労力がいります。

しかし、上述の事件で、従業員約10名の例もありましたので、まずはやってみないと始まらないという考えに変わってきました。

ご要望がなければ私も上記「3点セット」を本気で考えることはありませんが、お客さまから検討されたいというご依頼をいただきましたら、「イチから」ご一緒に取り組んでみたいと考えております。

ご興味がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

最新記事

すべて表示

■1 会社が労務問題に勝利したら何か得をするか? いろんな評価がありますが、労務問題を解決した「まさにその瞬間」に、会社が経済的に何か得をすることは、基本的にありません。 なぜなら、労働者に対して損害賠償請求ができたとしても、その金額を上回るコスト(弁護士費用など)がかかっていたり、損害の全額を請求するのは困難(会社は労務提供で利益を得ているという考え方から、損害の概ね25%しか労働者に請求できな

■1 労務問題は「諸行無常の響きあり」? 有名な平家物語の冒頭のことばに、「諸行無常」とあります。 私の言葉で申しますと、「もろもろの事柄は、常に変化をしていく」という意味合いかと思います。 労務問題も同じことが言えます。 使用者も労働者もお互いに人間ですから、常に目まぐるしく変化をしていきます。 ですので、労務問題の類型化まではできても、同じように対応しておけば問題ない、ということはかなり少ない

■1 まず、なぜ問題社員対応を会社はするべきなのか? 問題社員対応をすべきと私が考えるのは、問題社員だけの問題ではなく、真面目に働いている多くの社員をがっかりさせない(モラル低下を防ぐ)ためです。 問題社員にもいろんな類型がありますが、典型的なのは、「勤怠不良・仮病・不真面目・さぼる・反抗的」です。 このような典型例を会社内で放置しておきますと、真面目な社員が悪いほうへ引っ張られるか、もっと働き甲