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【同一労働同一賃金】定年後再雇用の基本給・賞与の最高裁判決はどうなったか?|令和5年7月20日名古屋自動車学校事件

更新日:8月31日

■1 名古屋自動車学校事件とはそもそもどんな事件か

簡潔に申しますと、定年後再雇用者である自動車教習所の教官が、仕事の内容が同じ(自動車教習)なのに、定年後の再雇用契約で基本給と賞与が減額されたのは旧労働契約法20条違反であり、定年退職時との賃金の差額支払いを求めて提訴した事件です。

1審の名古屋地裁では、定年退職時の6割を下回る差額は違法、という「根拠が謎の6割基準」が出て、私の業界はざわつきました。

2審の名古屋高裁では、その6割基準にいろんな理由を付け、一応根拠付けをしました。

そして、最高裁までいき、本年7月20日に最高裁判決が出ました。

最高裁の結論は、名古屋高裁に差し戻し(もう一回、ちゃんと考え直してきなさい)ということになりました。


<本事件の最高裁判決全文>

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/208/092208_hanrei.pdf

出典:最高裁判所


■2 最高裁は何を考え直せといったか

一番は、「基本給や賞与の『それぞれの性質・目的』を考慮せずに賃金格差を不合理と判断したのはダメですよ、だから、もう1回考え直してね」という点です。

地裁では謎の6割基準、高裁では一応根拠付けをした6割基準、その判断結果を出す前に、ちゃんとやることやってから判断してくださいね、ということです。


■3 企業はどうとらえたらよいか

確定的な結論が出ていませんので、予断は禁物です。

この最高裁判決で、明確な判断基準が示されたわけではなく、差し戻しになったわけですから、企業は定年後に基本給等を6割程度までなら下げてよいということにはなりません

ただ、私の耳に聞こえてきていたいろんな専門家の憶測「結構企業に厳しい判決が出るのでは?」との懸念は、一旦おさまりました。

結局のところ、現時点では、まだ様子見が良いと思います。


■4 企業にとって明るい話はないのか

あります。

基本給や賞与について、最高裁は「複合的性質をもち得るもの」と言っています。

つまり、●手当は、支払いの基準が明確(通勤手当や皆勤手当などは極めて明確)であり、その●手当の性質・目的もおのずとわかりやすいものですが、基本給や賞与には、いろんな意味合いを含んでいる場合が多いです。

中小企業の場合は、特に、です。

完全なジョブ型(職務給一本)ではないからです。


■5 複合的性質とはなにか

例えば、年功給的性質、職能給的性質、職務給的性質、功労報償的性質、賃金の後払い的性質など、です。

私見ですが、基本給や賞与で、上記性質が複合的に折り重なっているのを、一つひとつ、性質を区分けし、さらに目的までも加味して区分けするのは、自社でも結構大変だと思いますが、裁判所であればもっと大変かと思います。

ただ、裁判になれば、裁判官は白黒つけなければなりませんので、やるしかないのでしょう。

しかし、複雑なジグソーパズルを、多くの事件を抱えながら、数か月や1年そこらで完成させることが果たしてできるのか、私には疑問符が付きます。

逆を言いますと、この複合的性質というのは、同一労働同一賃金の観点だけで見たときに、企業にとって有利な要素にはなると思います。

(裁判所では判断しづらい、または判断のしようがない、労使間の認識の問題と考えるためです)

ただし、企業自身が自社の基本給や賞与について、複合的性質を整理し、その性質の根拠を示せるようにしておかないと、苦しくなることがあるかと思います。

(反論できなければ、複合的性質は少ない、またはほとんどない、と裁判所に判断されるかと考えます)

加えて、次の点には要注意です。


■6 今後、企業にとって要注意なのはパート有期法9条

今回の名古屋自動車学校事件の最高裁判決は、旧労働契約法20条をもとになされています。

ですので、現行法であるパート有期法での検討はされていません。

旧労働契約法20条は、パート有期法8条に移行してブラッシュアップされています。

そして、要注意のパート有期法9条ですが、まさに同一労働同一賃金で「同じ仕事なら同じ賃金を支払わなければならず、差別を禁止」しています。

今回の最高裁判決では、仕事内容(職務内容・変更範囲)に相違がない(同一である)と認定されています。

ですから、今後、同様の事件が起き、パート有期法9条での争いになった場合、企業は極めて苦しい立場に追い込まれる可能性があります。


■7 今回の最高裁判決をうけて企業がなすべきこと

端的に、正社員と非正規社員との間の仕事内容(職務内容・変更範囲)に、相違を設けるべきです。

このシンプルな対応が、労務問題に対する一番のリスクヘッジになります。

この点は、今回の最高裁判決前から変わらない企業の対応方法なのですが、今後の様子見をしつつも、原則的なことですので、未着手の場合はなるべくお早めにやるべきと考えています。


複合的性質で勝負するのも一つの考えですが、裁判沙汰や労働組合案件などになった場合、労務問題のない平時では発生しない時間と労力、そしてコストがかかるだけです。

シンプルな対応ができない場合には、複合的性質の方を充実させるしかないですが、そうでなければ、仕事内容(職務内容・変更範囲)に相違を設けて労務管理をしていくのが、一番リスクが低いですし、コスパもタイパ(タイムパフォーマンス)もよく、私的にはお勧めです。

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