■1 非常に多い誤った始末書提出命令
私とお付き合いいただく前の会社様で、物凄く多いのが、従業員の問題行動があった場合に、会社がまずは「今回の件について、始末書を提出しなさい」という命令を問題従業員に出してしまうことです。
この提出命令は、大きく2つの法的問題点があり、拗れると、かなり厄介な労務問題に発展するケースもあります。
■2 何が問題なのか?
まずは、始末書そのものが、労働契約に基づいて、労働者に強制的に書かせることができるものではないという点です。
始末書とは、反省文的な意味合いをもち、始末書を書くかどうかは労働者の良心の自由の問題であり提出は任意であるという解釈が、私や司法の業界では一般的です。
ですので、「まずは、始末書を提出しないさい」という会社の命令は、よろしくない、ということになります。
なお、始末書を提出しなかった場合の対応は、後述します。
もう1つの問題点は、例えば懲戒の軽めの処分として「譴責」がありますが、私のひな型を含め多くの就業規則のひな型は、「始末書をとり将来を戒める」という趣旨の規定が一般的です。
そうしますと、「会社が始末書を取り付ける行為自体が、譴責処分にあたる」という主張をされる可能性が出てきます。
世の中の中小企業でとても多いと思われるのが、ある労働者の問題行動に対し
・まずは始末書を出しなさい
・会社はその始末書を見て、反省も見られないとして減給の懲戒処分を決定
この順番で懲戒処分を行っているケースです。
この順番ですと、
「始末書の提出命令は、譴責処分」+「減給」=1つの問題行動に対し2つの処分を実施したと主張されるリスクが出てきます。
※1つの事案に対して2つの懲戒処分は行えません。
→業界用語で「一事不再理の原則」と言います。
※もし一事不再理の原則に反すれば、無効な懲戒処分だと主張されます。
■3 2つ目の問題点はしっくりこないが?
そうです、私も社労士開業当初は、なぜ一事不再理の原則に反するか、私なりの説明がしづらいほど、しっくりこなかった点です。
確かに規定には「始末書をとり将来を戒める」と、譴責処分を規定していることが多いです。
文字の流れからみますと、まず始末書を取ってみてから、と読めますが、実は違うのです。
懲戒処分時の始末書は、「●の事案について、貴殿に対して●の懲戒処分を決定したので、貴殿を本日付で●処分とする。また、●年●月●日までに始末書の提出を命じる」という書面で、懲戒処分通知と始末書提出命令を同時に出すのが、適切なやり方になります。
このやり方に対し、「一事不再理の原則に反しているから懲戒処分無効だ」と主張された裁判例を、私は知りません。
■4 問題行動発覚後にまず提出命令すべき書類とは?
私は顛末書を推奨しています。
問題行動の事案の顛末を書かせるのです。
これであれば、始末書とは、法的に意味合いが全く違ってきます。
反省文でもありません。
本人が「反省しています、二度といたしません」などと、顛末書に任意で書いてきても構いませんが、会社は反省を求めるのではなく、あくまで問題行動の事実関係の顛末を求めるのです。
そして、その顛末書を基に、会社は、注意指導・警告扱いにするのか、懲戒処分をするのか検討し、懲戒処分を予定するのであれば、「弁明の機会付与通知書」という書面を発行して、問題社員から弁明書を出させ、その弁明書の内容を基に、会社は懲戒処分を決定し、問題社員に対して、上記■3で述べた「懲戒処分通知+始末書提出命令」を書面で発行します。
※私の就業規則のひな型は、諭旨解雇と懲戒解雇にしか弁明の機会付与を規定していませんが、実務上は、他の懲戒処分でも弁明機会付与を書面で証拠化した方が良いと思っています。
→退職勧奨・有期労働契約の不更新・解雇などの際、会社に有利に働く証拠となるからです。
→ただ、就業規則に、一番軽い「譴責」でも弁明機会付与を書いてしまいますと、もし弁明付与を会社が失念していたら、その懲戒処分は無効になりますので、規定上は、あえて「原則、諭旨解雇と懲戒解雇は弁明機会付与」という趣旨の表記にしています。
※厳密な解釈は、運用実態まで見るかもしれませんが、譴責という軽い処分で揉めるケースは少ないため、「運用実態に照らして当該懲戒処分は無効だ」と主張されるリスクは低いと思います。
■5 始末書を提出しなかった場合はどうすれば良いか?
まず、避けていただきたいのは、始末書未提出に対して、新たな懲戒処分を行うことです。
このようなことで、大きなトラブルに発展するリスクのある判断を会社はすべきではありません。
未提出に対しては、再度期限を区切って、書面で始末書の再提出命令を出してください。
それでも、無視して始末書未提出なら、「会社の手続きは適切+問題社員は始末書未提出で反省もない」という大事な証拠が書面で残ります。
■6 始末書は何の目的で出させるのか?
懲戒処分に伴って出させるものですから、「反省してもう」というのが大目的です。
本人が心から反省をし、改善すれば、それで一件落着なのです。
しかし、中には、極めて反抗的な人もいます。
そういう場合、始末書を取り付けるのが目的ではなく、懲戒処分を行うまでの始終が書面でしっかり残っていることが大事なのです。
始末書の再提出命令に対し、それでも提出しなかったという厳然たる事実を書面に残すことが、「会社に対して極めて反抗的であり反省もしていない」という証拠になります。
ですので、始末書を取るのが目的なのではなく、始末書提出命令をその問題社員にどのように活かしていくのかが、最も大事なのです。
ちなみに、「始末書3回で解雇できると聞いたが本当か?」という旨のご質問をお受けすることがありますが、私は「それは、都市伝説です」とお答えしています。
始末書●回で解雇有効、という基準はありません。
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